“なくても生きていけるもの”が心を支えてくれた日。私が大人になって感じたディズニーの力

暮らしのこと

大人になってからの私は、
「生活に必要なもの」と「そうじゃないもの」を、自然に分けて考えるようになっていました。

食べること、眠ること、家族を守ること。
それだけで精一杯になっていた時期もあります。

そんな日々の中で迎えたコロナ禍。
世界が一気に静かになって、エンタメは「不要不急」と言われ、私の心もどこかぎゅっと固まってしまったようなーー
そんな時期がありました。

でも、そんな暗い空気の中で、ふと気づいたんです。
”なくても生きていけるもの”が、思っていた以上に心を支えてくれていたことに。

そのひとつが、ディズニーの世界でした。

久しぶりに訪れたディズニーランドで、キャストさんのあたたかさや、ショーの圧倒的なクオリティに触れたとき、胸の奥がじわっと熱くなったのを覚えています。

大勢の大人が”誰かを笑顔にするために”全力で作り上げているあの空気。
その明るさに包まれた瞬間、張り詰めていた心が少しだけ緩んで、
「エンタメって、人をこんなふうに支えてくれるんだ」と実感しました。

この記事はこんな方におすすめ🌿

  • ディズニーが好き
  • コロナ禍が辛かった
  • 真面目な完璧主義者

大人になって気づいた、ディズニーのすごさ

子どもの頃は「楽しい場所」だったディズニー

埼玉の自宅から、だいたい1時間半。
ディズニーランドは、昔から気軽に行ける”楽しいお出かけ先”でした。

小さい頃は家族と。
中学・高校になってからは、友達や彼氏と。
とにかくよく行っていて、気づけば身近な存在に。

当時のディズニーはわたしのなかで、
「とびきり明るくて、行けば元気になれる場所」
そんなイメージでした。

アトラクションに乗って、写真を撮って、よく笑って。
深いことは何も考えず、ただ”楽しい”をめいっぱい味わっていた気がします。

大人になると、見える景色が変わってきた理由

大人になってからのディズニーは、なんだか少し“見え方”が変わってきました。

まず…単純に、体力がなくなった(笑)。
昔みたいに「朝から晩までアトラクション!」みたいな過ごし方が、自然とできなくなってきて。

でもその分、パークでの楽しみ方がゆっくりになりました。

音楽が聞こえてくるパークをお散歩したり、
ベンチに座って季節限定のスイーツを食べてみたり
ショーを中心にスケジュールを組んでみたり。

アトラクションだけじゃなくて、
パーク全体がつくりだす“空気そのもの”を味わえるようになった気がします。

「せっかく来たんだから全部乗らなきゃ!」っていう勢いは落ち着いて、
代わりに、パークの雰囲気やキャストさんたちの丁寧さに目が向くようになりました。

「喜ばせたい」という想いに満ちている世界

ゆっくりパークを歩くようになって気づいたのが、
どこを見ても “人を喜ばせたい” という想いであふれていること。

たとえばキャストさんの挨拶ひとつでも、
ちょっとした声かけでも、
「来てくれてありがとう」という気持ちがまっすぐ伝わってくるんです。

ショーの細かい演出だったり、
エリアごとに変わる香りや音楽だったり、
パーク全体が“誰かの1日を少しでも楽しくしたい”という気持ちでつくられている感じがする。

子どもの頃はただの「すごい!」で終わっていたけれど、
大人になると、その裏側にあるたくさんの努力やこだわりが見えてきて、
その優しさに触れるたびに心がじんわりするようになりました。

コロナ禍で気づいた、エンタメの力

忙しさと”こうあるべき”でいっぱいだった日々

23歳で出産して、いわゆる”若いお母さん”だった私は、
とにかく「ちゃんとしなきゃ」って気持ちが強かったと思います。

失敗したらどうしよう。
子どもが迷惑をかけたらどうしよう。
「若いお母さんだから」って思われたら嫌だな、って。

そんな気持ちがいつも頭のどこかにあって、
しつけも自然と厳しくなったし、
とにかく周りに馴染むこと、浮かないことを優先していました。

毎日は、やるべきことでいっぱい。
家のこと、子どものこと、周囲とのバランス。
子育てに関しては、「楽しむ」より「こなす」感覚のほうが近かった気がします。

エンタメを味わう余裕なんて、正直あまりなかった。
それどころじゃない、と思っていたのかもしれません。

不要不急と言われたエンタメとの距離

コロナ禍に入ってから、エンタメは「不要不急」という言葉でまとめられるようになりました。

外出は控えて、イベントは中止。
テーマパークも閉園して、「楽しむこと」そのものが、どこか後ろめたい空気になっていた気がします。

私自身も、毎日の生活を回すこと、家族を守ることに必死で、エンタメに気持ちを向ける余裕はほとんどありませんでした。

エンタメを楽しむことが少し後ろめたいように感じてしまって。
楽しむことを、自然と自分から遠ざけていたように思います。

心に余白がなくなっていたあの頃

振り返ってみると、あの頃の私は、心に余白がほとんどありませんでした。

やるべきこと、考えるべきことばかりで、一日が終わる頃には気持ちもいっぱいいっぱい。

笑ったり、感動したり。
何かに心を動かす余裕がなくなっていたのかもしれません。

でもその分、無意識のうちに「何か足りない」という感覚も、ずっと心のどこかにあった気がします。

ディズニーランドで、心がふっと緩んだ瞬間

キャストさんのあたたかさに触れて気づいたこと

ディズニーランドで心がふっと緩んだのは、ショーや景色だけじゃありませんでした。

一番心に残っているのは、キャストさんのさりげない気遣いです。

長男がバースデーシールを貼っていたときのこと。
キャストさんが「誕生日おめでとう!」と声をかけてくれたのですが、一緒にいた次男にも目を向けてくれて、その場で新しいシールを出し、
「なんでもない日おめでとう」と書いて、次男の胸に貼ってくれました。

その瞬間、胸の奥がじんわり温かくなって。
主役じゃない誰かの気持ちまで、ちゃんと大切にする。
ディズニーって、こういうところなんだな…と、しみじみ感じたんです。

特別な言葉じゃなくても、ちょっとしたやりとり一つで、人の心はこんなにも優しく、ほどけるんだなと。

ショーのクオリティに「大人が本気でつくる感動」を感じた

優しさ・温かさとは別に、もうひとつ強く感じたのがショーのクオリティの高さでした。

音楽、照明、演出、動き。
どれをとっても妥協がなくて。
「きっと、たくさんの大人が本気で意見を出し合って、時間も情熱も注ぎ込んで作ってきたんだろうな
と自然に伝わってくる。

衣食住のように、なくても生活は成り立つはずのエンタメの世界。
それなのに、ここまで本気で、ここまで丁寧で。
人の心を動かすことだけを考えて作られている。

気づいたら胸がいっぱいになって、感動で涙が出ることもありました。

本気で作り上げたものって、こんなにも人の心を震わせるんだ。
そう実感した瞬間でした。

そしてもし、まだ「ビリーヴ!〜シー・オブ・ドリームス〜」を観たことがない人がいたら…
本当に、ほんとうに、一度は観てほしい。

あのショーには、ディズニーが大切にしてきた
”誰かを信じて、夢を届ける”という想いが、ぎゅっと詰まっている気がします。

エンタメって、誰かを支える力がある

エンタメって、なくても生活は成り立つものかもしれません。
食べることや眠ることみたいに、”生きるために必ず必要”と言われるものではない。

でも、心が疲れているときや、前を向く余裕がなくなったとき、
ふとした瞬間に人を掬い上げてくれるのも、きっとエンタメなんだと思います。

音楽を聴いて少し気持ちが軽くなったり、
映画や物語に背中を押されたり、
「明日も頑張ってみようかな」と思えたり。

それは派手な変化じゃなくて、ほんの小さな灯りみたいなものかもしれなけれど、
その灯りがあるかどうかで、人の心はずいぶん違う。

誰かのために本気でつくられたものは、ちゃんと人の心に届いて、気づかないうちに支えになっている。

エンタメには、そんな静かで、でも確かな力があるんだと、大人になった今、改めて感じています。

大人になった今だからこそ感じる、ディズニーの価値

非日常がくれる、ほんの少しの余白

ディズニーの好きなところは、ただ楽しいだけじゃなくて、空気そのものが日常と少し違うところ。

パークの中では、みんなが幸せそうで、ゲスト同士で手を振り合ったり、一緒に笑顔になったり。

普段の生活では、知らない人と笑い合うことなんてないけれど、
ディズニーランドにいると、「知らないひと=他人」じゃなくて、同じ時間を楽しんでいる”仲間”みたいに感じられて。

その感覚がとても好きなんです。

現実から少しだけ離れて、肩の力を抜いて、ただその空気に身を委ねられる時間。
そんな非日常が、大人になった今の私には、ちょうどいい余白になっています。

誰かの努力が”目に見えない形の優しさ”として届く

ディズニーランドにいると、特別なことをされなくても、なぜか安心できる瞬間があります。

それはきっと、
たくさんの人の努力や気配りが、「優しさ」として、さりげなく届いているからなんだと思います。

私たちゲストが目にしているのは、完成された世界や、楽しい時間だけ。
でもその裏には、大勢の大人たちの準備や話し合い、練習や工夫が積み重なっている。

それを前に出すことなく、
ただ「楽しかったな」「また来たいな」
という気持ちだけを持ち帰らせてくれるところに、ディズニーのすごさがある気がします。

大人になった今だからこそ、その“見えない優しさ”に気づいて、
胸の奥がじんわり温かくなるのかもしれません。

私が、エンタメを大事にしたい理由

大人になるにつれて、「やるべきこと」や「ちゃんとしなきゃ」が増えていって、
気づけば、心が後回しになっていることがありました。

楽しむことよりも、こなすことを優先していた日々。

そんな中で出会ったエンタメの時間は、「頑張らなくてもいい自分」に戻れる、貴重なきっかけだったように思います。

エンタメは、現実から逃げるためのものじゃなくて、現実を生きていくための力を補ってくれる存在。

心が少し軽くなったり、また前を向けたり、「大丈夫かもしれない」と思えたり。

そんな小さな変化を、確かにくれるものだから。

だから私は、エンタメを”なくてもいいもの”じゃなく、自分の心を整えるために大切にしたいものとして、
これからもそばに置いていたいと思っています。

おわりに|大人になった今、ディズニーがくれたもの

大人になってからのディズニーは、ただ楽しい場所、というだけではなくなりました。

忙しさや責任の中で、つい後回しにしてしまう自分の気持ち。
それをそっとすくい上げてくれる場所。

頑張りすぎなくていいこと。
楽しんでもいいこと。
心をゆるめる時間が、明日を生きる力になること。

ディズニーで感じたのは、そんな当たり前で、でも忘れがちなことでした。

エンタメは、なくても生きていける。
それでも、あることで人生が少しやさしくなる。

大人になった今だからこそ、その価値に気づけたのかもしれません。

これからも私は、家族を大切にしながら、
同じくらい、自分の心も大切にしていきたい。

ディズニーは、そんな気持ちを思い出させてくれる場所です🌿


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